おたより ③

 

    最近いただいたお便りのいくつかをご紹介します。ご感想やご助言、こんなこと知ってるよといったことがありましたら、shiokaripass@gmail.comにお便りいただけますと、うれしいです。

▼ブログで新鮮な情報を発信してくださり、心から感謝します。ことわざに「災い転じて福となる」がありますが、本来なら多忙で日本中を駆け巡っておられる先生が、じっくりと腰を据え、綾子さんと向き合い、その心を読み取って発信してくださっていることは、コロナのおかげともいえますね。作品の背景にある、さまざまな場面を写真で紹介していただき、平面に書かれた文学作品が立体的に迫ってきます。
 私が一番心に留まった写真は、春光台「道ありき」の文学碑の雪の日の写真です。除幕式に参列したこともあり、よくもまあ、こんな雪をかぶって、まさに二人が寄り添い会話しているような風景が取れたものだと感嘆の思いでいっぱいです。また、除幕式のときの朗読の声が響いてきて胸が熱くなります。前川さんによって、綾子さんの心に火がともり、それが導火線となって今日の読書会があることをつくづく思い知らされます。
 この春から新しい土地で教会奉仕をする中、コロナ自粛のゆえ、綾子さんの本を紐解く時間が与えられ感謝しています。
 教会に綾子さんと同じような戦後体験をされた方がおられます。敗戦により、生活が根底からくつがえされ破滅状態となった方のお子さんがおられ、その信仰の体験談を読ませていただきました。その方は、すでに家庭もあり、お子さんもあったのでしたが、敗戦のむなしさゆえに博打にのめりこみ家庭が破壊されました。そのような中、娘さんの一人が教会の路傍伝道をとおし、キリストの救いにあずかられ、荒れ果てた家庭に一筋の光が差し込んだのです。やがてその光は家族の一人一人に点火され、見事に一家が救いにあずかられました。その素晴らしい出来事は1970年大阪万博の時、トラクトになり多くの人に手渡されたのです。
 福音の光は、どんなに小さくてもどんな暗闇も破壊するのですね。「闇はこれに勝たなかった」と聖書にあるように、綾子さんの暗闇の人生に光がともり、綾子さんを通して絶望から這い上がる力が与えられることを感謝するばかりです。先生のご活躍の日も近づいてきました。すべてのことが益となってますます用いられなさることを祈らせていただいています。ブログの記事数々の記事を感謝しつつ。

 

▼ご無沙汰しています。毎回ブログを楽しく拝読しております。いつも感想をお伝えしたいと思いつつ、どこに送ればいいか迷っているうちに出しそびれてしまいましたが、今回直接メールに送らせて頂きました。
   3回にわたる「斜里の海で」 明日も楽しみです。私はオホーツク海が大好きなので、この件は親しみを感じます。・・・と、同時に切なさを感じます。綾子さんから離れて行った「死神」は神様の仲間なんですよね?だから「神」の文字が付けられているんですよね。綾子さんからは離れて行った死神ですが、死神に導かれるままにこの世を後にする人もいます。その差は何でしょうか?でも、決して死神に導かれてしまった人も決して不幸だとは思いたくありませんし、「死神」も相手の事を思っての行為だと思いたいのです。本当は自殺は絶対いけない事だと思いますが、今は100%そうとは思わなくなりました。なんだが突拍子のない事を書いてしまいましたが、本当はこの考えをずっと以前から先生にお伝えしたかったのです。
   読書会が無いのは寂しいですが、こうして先生のブログを拝読したり、文学館のFBを見ては身近に感じています。それでは この辺で失礼いたします。お体に充分気をつけて下さいませ。
   私の場合はきっと死神は近づいて来ないだろうなぁと思います。(もしかしたら過去に何度か試みていたかもしれませんが(^-^;)

 

▼光世さんと綾子さんの「出会いの記念日」素晴らしかったです。菅原さんの素敵な勘違いによる二人の出会い・・・6月18日、それはまるで聖母マリア様の「受胎告知」のように「三浦綾子誕生」の為の大切な日だったと私は勝手に結び付けてしまっています。
   先日のNHKのニュースで三浦綾子記念文学館と近藤さんを見て思わず目頭が熱くなりました。久しぶりの開館を喜ぶ近藤さんを見られた事と、本当なら今月文学館へ行く予定だったのに叶わなかった事への切なさが入り交じってました。「移動制限」も解除となり、だいぶん行動できるようになりましたね。先生も早速移動の予定ですが、くれぐれもコロナさんに感染しないよう祈っていますね。それでは 失礼致します。

                   

▼森下先生
   鴎外とキリシタンとの関連は、衝撃でした。
   「石見人森林太郎として死にたい」の遺言の本心がやっと分かった気がします。
 女側から見ると鴎外は許しがたい男だ、とずっと思ってきました。若いころにドイツへも留学し、キリスト教にも触れていたでしょうから、複雑な思いを生涯、抱えていたのかもしれませんね。

 

▼コロナ禍、豪雨による心痛む被害、と次々起こる出来事に心休まることのない日々をすごしています。そのような中、先生のブログに心慰められ、ほっと一息つく平安が与えられ感謝しています。
   「遂に七月十日の朝が来た」の特別な日も淡々と予定通りに歩まれる光世さんの姿に多々教えられる一文でした。

「特別に見える日も、何も特別なことのない日も、同じように歩むべき道を驕りなく歩み、平安と静かな喜びと感謝のうちに働く、それが「土の器」としての心だと夫は妻に示してもくれたのです。」

   今、「綾子へ」という本を読んでいます。「綾子、いい仕事をたくさんしてくれたね。ありがとう…」との光世さんの四十年間の結婚生活の思い出を読みながら、心休まる時を持っています。入選ニュースの日の予定通りの光世さんの勤務、予定通りの家庭集会、「氷点」入選の報、すべてが神様の側では予定通りなのですね。
   「これらすべてを「意味深く受け取る」者たちは幸いです。全く新しい歩みも神の「予定通り」であることの安心と感謝に満たされ、平安である」との一文、まさにアーメンです。この地での新しい奉仕の日々も、「神の予定」の中にあったことと受け止め、欠けだらけの者ですが心を尽くし、力を尽くし、主と教会にお仕えする幸いを味わっています。
   7月5日「心の中に灯がともったのだ」の中の、綾子さん受洗の時、小野村牧師が読まれた聖書の箇所ですが、ローマ6章とのみ書かれていましたが、6章4節とはっきり書いた方が読者にはわかりやすいと思います。文語ですからなおさら分かりにくい聖句です。
   来年度に延期された全国大会も実現に至りますように。先生の今後のお働きの上に神様の祝福がありますように。またお会いする日が与えられますように。祈りつつ

このブログを書いた人

森下 辰衛
森下 辰衛三浦綾子読書会代表/三浦綾子記念文学館特別研究員
 1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
 2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
 著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。