おたより21

森下辰衛 先生

   いつも豊かなお交わりをありがとうございます。
   『三浦綾子読書会20周年記念誌  つながる生命、つなげる力』を1冊購入したく、連絡いたしました。とても充実した内容とのこと。拝見するのが楽しみです。今回は、ひとまずこちらの一冊のみ、申し込みをいたします。お手数をおかけいたしますが、ご都合よろしいタイミングで送付いただけましたら感謝です。どうぞよろしくお願いいたします。
   看護学校に入学される私の友人のお嬢様に、先日、入学祝いとして『道ありき』を贈りました。その一冊は、以前に森下先生から「どなたかに差し上げてください」と頂戴したものだったのですが、今こそ彼女に!と。いつの日か、ふさわしいタイミングで手に取って読んでくださることを祈り願っております。驚きましたのは、そのお嬢さんのお祖母様は綾子さんファンで、何冊も読んでいらしたとのこと。思いがけないつながりがここにも与えられているのだと、たいへん嬉しくなりました。
   会報でも、茂原読書会の井上昭子さんの素晴らしいお働き(若い魂への寄贈)を知りました。そして、出来事が起こされているのですよね。
   誠にささやかなのですが、私も『道ありき』をどなたかお一人に一冊でもお届けしたい!との願いを起こされまして。若い魂に届くことを祈り願いつつ、先ほど、読書会の特別献金もおささげいたしました。
   主ご自身が、豊かに用いてくださいますように!

 

 

森下辰衛 先生

   ご丁寧なお葉書を頂き、ありがとうございます。
   先日の「母」のご講演、ありがとうございました。いつもながら、先生の深く掘り下げたお話に大変恵まれました。失礼な言い方ですが、やはり、研究者は観点も捉え方も違うなあと感銘を受けました。

   「シオン・ガーデン読書会」のブログを見て、先生の「シオン・ガーデン」を読ませて頂きました。素晴らしい物語に、心を洗われ大変感動しました。世の中に、こんなドラマのような純愛ってあるのでしょうか?有ったら本当に嬉しいし、有ってほしいなと思います。
   T君、K子さんは実在のモデルがおられるのでしょうか?一人息子、一人娘であるが故に、それぞれの親を放っておけず、自分たちだけの幸せを求める恋愛を続けることが出来なかった二人。三十九年前T君がK子さんに告白した時、K子さんは「もったいないです」と言って、涙をこぼした。T君はその涙の美しさを三十九年間忘れなかった。T君は心底からK子さんを愛していたのですね。K子さんは、自分の幸せだけを求めることをせず、ご両親の世話をする必要があるので家に帰らなければならないから、共に歩んで行くことが出来ないと言った。そして、T君もお母さんの面倒をみなければいけないので、K子さんとの幸せだけを求めることが出来なかった。でも、T君はずーっとK子さんのことを忘れていなかったのですね、三十九年間も!

   でもいつか、僕たちがそれぞれに大事な仕事を果たし終えたら、そしてそのときに、もし許される状況だったら、二番目に大事なことも大切にしませんか。約束はしません。あなたも約束しないでください。人の事情や心は致し方なく変わることがあるものですから。そしてその日が早く来るようにとも願いません。彼女は、理解しましたと言うように、うなずいた。

   それから、去年思いがけず彼女から手紙が届いた。六月だった。認知症が出てきた母の介護をしていますが、母を見送るより先に私が見送られることになりそうです。約束はしませんでしたが、少しばかり申し訳なく、お知らせいたします。お忘れください。

   僕は一学期で高校を退職して、彼女の所に行った。三月まで待っていたのでは間に合わなくなりそうだったからね。八十代も半ばになったお母さんよりもずっと痩せ細った彼女は、もったいないです、と言って、涙をこぼした。でも、僕はうれしかった。すぐに手続きして、僕にはじめての妻ともう一度母が出来たのだよ。それから五か月と十日ばかりの間、彼女はまぎれもなく僕の妻になってくれた。そして、彼女は十二月の十二日、初雪が降った日に天国に行った。それで、遺された僕は彼女の代わりに、この母を大事にする仕事をさせてもらえることになったわけだ。なんてもったいないことだろう。僕が彼女のいのちの始まりのお世話をさせていただけるとは。

   何というT君の優しい、真心からの愛でしょうか!五カ月少しの短い間の結婚でしたが、尽きることのない愛をK子さんに捧げて、親思いだったK子さんを天国に見送ることが出来た幸せと言うには、はかなくも思える、尊い二人の充実した愛の日々。
   そしてまた、K子さんの代わりにお母さんのお世話を喜んでしていくT君は、まるでイエス・キリストからその母マリアを託された弟子ヨハネを見るようです。
   T君のような本当に男らしい、誠実な、素晴らしい愛の人がいるのでしょうか?どんな言葉をもっても、この感動を言い表せないように思えてなかなかお便りできませんでした。

   少しばかり、私の話をさせて頂きます。
   私の高校時代の同窓生のM君は大学卒業後新人教員研修で、中学時代の同窓生N子さんに再会し、恋愛結婚をしました。三人のお子さんを授かりましたが、奥さんのN子さんは三十代半ばで癌で亡くなりました。N子さんは一人っ子だったので、N子さんのお母さんは外孫の一人に家を継いで欲しいと言われましたが、M君のお父さんの反対があり、N子さんのお母さんは失意のうちに亡くなられました。

   私たち夫婦は高校2年の時の同級生です。
   私は県北部の中学出身、家内は県南部の中学出身、普通なら高校は別々で出会うことはなかったのですが、家内の中学の恩師の奨めで家内が北部の高校に入学しましたので、奇しくも出会うことが出来ました。同級生になり一目ぼれしましたが、大学入試勉強のため、思いは封印し、高校卒業後、家内にラブレターを出しました。家内が告白を受け入れてくれて8年間の恋愛の末、結婚することが出来ました。
   二人とも両親の世話は、それぞれ兄弟に任せっきりでした。何とも自己中の生き方をして来ました。T君、K子さんの生き方と比べると、何ともお恥ずかしい限りです。

 

 

森下先生

   こんにちは
   7日の「あや講座」はライブでは叶いませんでしたが、後日受講させていただきました。
   第一部の長澤さんとの対談を聴きながら、『文学碑』が建立された頃の事を思い返しておりました。当時私は春光に住んでおりましたので、春光台はとても身近に感じておりました。振り返ると私が旭川に住んでいたのは、たった4年程でしたのに、そのわずかな時間の中で「道ありき」の文学碑建立に立ち会えたこと、光世さんの最晩年にお目に掛かれていたことは、とても貴重だと感じました。

    第二部の講座を拝聴して、知里幸恵さんの思想に、大変深く感銘を受けました。今までも、素晴らしい方だとは存じておりましたが、それは幸恵さんの経歴程度であり幸恵さんの心情に触れた時に、なんて清らかな方なんだろうと思いました。私は幸恵さんの心の一滴でもいいから、欲しいと思いました。綾子さんの本も沢山読みたい候補がありますが、講座の最後に森下先生が紹介された、幸恵さんの遺稿集「銀のしずく」も読んでみたいと思っています。幸恵さんの心に触れることにより、少しでも自分の心を清らかにしたいと強く感じています。

   4月に入ってから、パソコン修復と共に私のエンジンもようやくかかってきたようです。3回目からではありますが「あや講座」を受講して良かったと思います。これから、出来る限りの時間を学びに費やしたいと考えています。これからの講座も楽しみです

   ありがとうございました

 P.S 今頃は文学館にて読書会が開かれている頃ですね。

 

 

   それにしても、森下先生の知里幸恵さん研究には、幸恵さんの遺されたものに、心いっぱいになりました。
   『雪柳』で、「呪っちゃだめ、恨んじゃだめです。……」と言って、弱肉強食の世界で本当に美しい尊いものを見つめていたことが今日のお話から、生き生きと見えてきた気がしました。森下先生の資料に基づいた創作の賜物によって、幸恵さんの心が伝えられたことを感謝します。『雪柳』では、事実どおりのことが書かれていなくても、真実を伝えた物語だと受けとめます。

※2020・9・18のブログで、知里幸恵の紹介と『雪柳』に書いた推論について書いています。よろしかったらご参照ください。あや講座での講座「知里幸恵と三浦綾子~100年前引き継がれたいのちがあった」は、もうすぐDVDとCDになる予定です。

 

 

このブログを書いた人

森下 辰衛
森下 辰衛三浦綾子読書会代表/三浦綾子記念文学館特別研究員
 1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
 2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
 著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。