オムニ・バス ③

    中学一年の時のことだ。いつもは親の車か、自転車で通学しているのに、その日の帰り道は、二歳上の兄と一緒にバスで帰ることになった。たぶん十二月で、印刷工場で働いている親が忙しく、残業だったのだろう。ところが、バスに乗ってから、財布を持っていないことに気づいた。兄にバス賃を借りようとしたら、
「えっ、お前に借りようと思ってたのに!」
   と言う。二人で真っ青になった。これでは無賃乗車だ。バスはどんどん走る。
   車内を見渡すと、一つ前のバス停で降りるたあちゃんという友達がいた。家も近くの、幼なじみだ。良かった。彼に借りよう。
「たあちゃん、あのね、実はちょっと……」
   ところが、彼の答えを聞いて愕然とした。たあちゃんはちょっきり自分の分しか持っていないと言うのだ。車内を見回しても、ほかに知り合いはいない。勿論ICカードや携帯のある時代ではない。次回払いますから、などと言えるふてぶてしさもその頃は持っていなかった。全身から汗が噴き出す。途方に暮れ、焦るうちにもバスは走る。頭は真っ白。呆然としていると、兄が思いがけない作戦を提案して、たあちゃんのお金でバス賃を払って、二つ前のバス停で降りた。一円も持ってない二人がバスの中に残された。バスの窓から、薄暗くなった家の近くの見慣れた景色が見え始めた。降りるバス停が近づいて来る。
   小学校前でバスは止まった。扉が開くと、バス停前にある雑貨屋のおばさんが立っていて、笑顔で百円玉、十円玉を渡してくれた。二人は無事バス賃を払って降りることができた。
   実は、二つ前のバス停で降りた兄が、バス停前の酒屋から、残りの二人が降りるバス停前の雑貨屋に電話して、店主のおばさんに二人分のバス賃を持って迎えてくれるように頼んだのだ。扉が開いて笑顔のおばさんが見えたときの、ほっとした気持ちは忘れられない。バスに残されて一文無しの二人だったが、ドキドキしながらも、兄を信じていたので恐くはなかった。
   あれから四十年以上経った。兄の人生も、思い通りとは言えない歩みだったが、家やわずかの田畑を継いで、三人の子どもたちを育て、年とってきた父母と一緒に生活してくれている。最近は近くで私が講演するときは、休みを取れれば来て、弟が話すのを笑いながら聴いてくれる。

このブログを書いた人

森下 辰衛
森下 辰衛三浦綾子読書会代表/三浦綾子記念文学館特別研究員
 1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
 2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
 著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。