漫才 『氷点』朗読会
A みなさんこんにちは。三浦綾子漫才の時間です。
B さて、今年は2015年、去年2014年は「氷点」入選50年の記念の年でしたが、今年は何の年か分かりますか?(※原作2015年作)
A ハイ、「氷点」入選51年です。
B 当たり前のこというな。
A 「氷点」完結50年です。
B 分かってるジャン。
A それで、今日はそれを記念して、「氷点」朗読会をしたいと思います。
B 誰が朗読するの?
A 三浦綾子記念文学館には「綾の会」という朗読の方々の会があるんですが、私はそれに対抗して「ありゃの会」というのを作りました。
B なにそれ?
A 時々読み間違えるので「ありゃの会」!
B 時々じゃなさそうですが、まずは、読んでみてください。
A では読みます。
B どうぞ。
A ほんとに読むよ。
B ほんとに読んで。
A ほんとにほんとに読んで良いの?
B 早く読めよ。
A では、三浦綾子「氷点」、風はぜんくない。
B 何でいきなり読めないの!全(まった)くでしょ!
A 三浦綾子「氷点」、風は全くひいてない。
B あんたの体調のことなんかきいてない!
A 熱も全くない。喉も痛くない。
B 痛くなった方がいいかもね。
A 三浦綾子「氷点」、風はまつたけない。
B なんで、まつたけ出てくるの!
A まつたけ食べたい。
B 見本林にはマツタケないの。
A 三浦綾子「氷点」、風はほとんどない。
B ほとんどじゃなく、全くないの。
A 三浦綾子「氷点」、風はまったくねえ!
B なんで、投げやりなの!
A 風は全くない。
B 風「は」って、じゃあ、何はあるの?
A 決まってるジャン。
B 何?
A まつたけ!
B やめなさい。
A カニは全くない。
B 風!
A カバは全くない。
B 風は全くない!
A かじぇは全ぐねえ。
B どこの人?
A 風は全くないのに、ガラス戸ががたがたと鳴った。気がつくと、林が風に鳴っている。また吹雪になるのかも知れない。
B 何でいきなり終わっちゃうの?それ終わりの場面じゃないの。それに風が全くないのにガラス戸が鳴るっておかしくない?オカルト小説?
A 見ると、ガラス戸を、ゾンビになったルリ子ちゃんがゆすっていた!
B やめなさい。
A 良く見ると、ルリ子ちゃん、背が低いので、佐石土雄が肩ぐるましてやっていた。
B なんか、ほんわかしたいい話だね。
A それでも足りないので、佐石土雄を、本物のゾンビが肩ぐるましてやっていた。
B はい、もうおわり。そのゾンビをまた別のゾンビが肩ぐるましてるんでしょ?終わらなくなるから、もうだめ。
A 風は全くない。いりみちぐもが、高く日に輝やいて。
B 「入道雲」(にゅうどうぐも)がどうして読めないの?
A 蝉もミンミン鳴いている。
B 勝手に付け加えない!
A 入道雲でカミナリ坊やが太鼓たたいていた。
B もう、ぶち壊し!
A 風は? 全くなーい! 入道雲が高く陽に輝いてっ! 作りつけたように、動かなーい!
B テンション高過ぎ!
A 入道雲が高く陽に輝いて、作りつけたように動かない。ストーブ松の林の陰がくっきりと地に濃く短かった。
B なんで「ストーブ松」なの?ストローブ。ストローブ松という種類の松なの。
A ストーブの方があったかくていいかなと思って。
B この場面は夏なんだから、ストーブいらないの、ストローブ松!
A ストローブ松の林の陰にマツタケがあった。
B ないって! しつこい!
A ストローブ松の林の影に、三浦綾子記念文学館が立っていた。
B それは50年早い!
A ストローブ松の林の影に、光世さんが立っていて『どちらからいらっしゃいましたか?』って話しかけていた。
B 良い風景だけど、勝手に作らないで、ちゃんと書いてある通りに読んで。
A ストローブ松の林の陰がくっきりと地に濃く短かった。その影が生あるもののように、くろぐろと「ふ、き、あじ」に息づいて見える。
B どうして読めないの!ブキミ(不気味)でしょ!
A ほんとに、不気味!
B なにが?
A その陰の所からマツタケが、にょきにょきと。
B はえないの!
A 生あるもののように、くろぐろとマツタケが。
B いいかげんにしなさい。ここは大事なところなの!人間の中にある不気味なものを表わそうとしてるんだから。
A 人間の中の不気味な影?
B そう。
A それは、たいへん!この影は、癌かも知れませんね。
B レントゲン撮ったんじゃないの!
A でも、このお家、お医者さんなんだから、レントゲンぐらい撮るでしょ。癌細胞が生き物のようにくろぐろと。
B ちがうちがう、これは、心の問題なの。
A どういう心の問題なんですか?心の中に、味気ないマツタケが生えて来たとか?
B またマツタケ?それに、味気ないマツタケって何?
A 不気味と同じような意味でしょ?
B 全然違うでしょ。あのね、そうじゃなくて、お金もあり地位もあり尊敬されている立派なお医者さんと、美しい奥さんと可愛い子どもたち。何の問題もなく明るく輝いているような家庭なのに、一人一人の心の中には不満や疑惑や嫉妬や憎しみやいろんなものがあったりするんですね。
A わー。こわー。それって、テレビで見た『氷点』っていうドラマみたい!
B だから、その『氷点』を今、読んでるんでしょう?ばか!
A あー、ばかって言いましたね?……あなたのなかにも、人をののしる苛立ちとさげすみと傲慢の、不気味な影が見えます。すぐに辻口病院に行ってレントゲンを撮ることをお勧めします。
B 行きたくない。
A そう言わずに、どうぞ、おいでください。担当の村井先生がニヒルな笑いであなたをお待ちしています。
B いやだ。こわい。
A 患者だった正木次郎さんも、ゾンビになってお待ちしています。
B はい、もうおしまい。もっとまじめにやってください。朗読に戻って!
A ストローブ松の林の影に、一千万円が落ちていた!
B えっ、どこどこ?
このブログを書いた人
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1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。
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