漫才 三浦光世・綾子の出会い

A  今年は2019年、去年は三浦綾子記念文学館開館20年の記念の年でしたが、今年は何の年か分かりますか?

B  ハイ、三浦文学館開館21年です。

A  当たり前のこというな。

B  それじゃあ、何の記念の年でしょうか?

A  今年は、光世さんと綾子さんが結婚してちょうど60年なんです。

B  なんだ、『道ありき』刊行50年かと思ってた。

A  細かいこと、知ってるんじゃないか!

B  それで、二人はどうやって出会ったのですか?

A  綾子さんと光世さんが出会ったのは、今から64年前の1955年のことでした。当時二人は札幌の菅原豊さんという方が主宰しておられた「いちじく」という同人誌に入っていました。

B  「いちじく」?そりゃ、美味しそうですね。

A  「いちじく」は、食べ物じゃなくて、同人誌の名前!

B  どんな同人誌なんですか?

A  「いちじく」は、結核患者と死刑囚の同人誌でした。

B  なるほど、結核でずっと寝てると運動不足になって便秘になるので、いちじくカンチョーを使う。それで「いちじく」!

A  いいかげんにしなさい。そうじゃなくて、死を目の前にして生きている人々が、励まし合ったり、近況を報告して祈り合ったりするものだったみたいです。

B  わかった。「最近私、死にました。こちらの世界も中々です。あなたも早くおいで下さい。これからもよろしく」とか。

A  死んだ人じゃなくて、死を意識せずにいられない人たちですね。

B  それでどうやって、出会ったのです?

A  その「いちじく」を主宰していた菅原さんが三浦光世さんを女性だと思って、同じ旭川に住んでいる綾子さんのお見舞いをお願いしたのがきっかけでした。

B  馬鹿ですね。見て分からないんでしょうかね?

A  仕方ないでしょ。会ったことなくて、名前しか知らなかったんだから。名前で女性だと思ったの。

B  そうなんですか。

A  1955年(昭和30年)6月18日土曜日の午後でした。光世さんが綾子さんのお宅、堀田家を訪ねると、綾子さんのお母さんが出て来て対応しました。そして、ベッドにいる綾子さんに取りつぎました。今日は、この名場面をやってみたいと思います。

 

玄関でチリンが鳴るのが聞こえる やや間があって(以下同じように繰り返す)

母  綾子、大変よ。前川さんが天国からお迎えに来て下さいましたよ。

綾  まだ、わたし、死なない!違うの。似てるだけなの!

 

母  綾子、三浦さんという方が、一緒にエベレストに登ろうって、来られましたよ。

綾  それは、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんでしょ。なんでそんな人が来るの?

 

母  綾子、三浦さんという方が、結婚してほしいっておっしゃってますよ。

綾  いきなり? 早すぎでしょ!

 

母  綾子、三浦さんという方が、口述筆記してあげましょうかって、おいでですよ。

綾  もっと、早すぎ!

 

母  綾子、三浦さんという方が、『氷点』饅頭を、おみやげに持って来られましたよ。

綾  めちゃくちゃ早すぎ!それに、「おみやげ」ってなに?「おみまい」でしょ!

 

母  綾子、お母さんですよ。

綾  知ってるわよ、何しに来たの!

 

母  綾子、三浦光世という女の方がお見えですよ。

綾  見てわからないのか!菅原さんは名前で間違えたの!誰が見て間違うか!

 

母  綾子、三浦光世という方が、刑務所から脱獄してこられましたよ!

綾  それは私のセリフ! 死刑囚の方の事情に詳しいから、この人も死刑囚だと勘違いしてたの。

 

母  綾子、三浦光世さんという方が、いちじく買って来られましたよ。

綾  さっき言ったばかりなのに覚えられないのか!「いちじく」は同人誌の名前。そんなんじゃ、案内人にはなれないわよ!

 

母  綾子、三浦さんという方がお見えですよ。いちじくカンチョーの同好会の方だそうよ。

綾  ブッブー、下ネタなし!

 

母  綾子、三浦さんという方が、前川正さんにそっくりの顔に整形して、お前を脅そうと思って来ているわよ。

綾  なんで光世さんが整形するの? それに何で脅すのよ、驚ろかすでしょ。

 

母  綾子、三浦さんという素敵なおじいちゃんがお見えですよ。

綾  だから、早すぎって!

 

母  綾子、新浦(にうら)さんという方がお見えですよ。

綾  それは昔、巨人にいたピッチャーでしょ。ニウラじゃなくミウラ!

母  綾子、スタルヒンさんが来られましたよ。

綾  来るか!お兄さんの旭川中学の同級生だけど。

 

母  綾子、三浦さんというご夫妻がお見えですよ。

綾  何で、ご夫妻なの!光世さんは誰と結婚したの!

 

母  綾子、誰か来ましたよ、出てごらんなさい。

綾  何で出てくれないの!お母さんも病気?

 

母  綾子、三浦光世さんという方々がお見えですよ。

綾  何で光世さんが何人もいるの?

母  たくさんいたほうが、にぎやかだし、便利かなと。

 

母  綾子、三浦文学館の館長さんがお見えですよ。

綾  すっごい早い、一番早いかも。

 

母  綾子、三浦さんて方が来られて、玄関でにこやかに「どちらからいらっしゃいましたか?」って言ってますよ。

綾  どこの玄関?ここは三浦綾子文学館か?それに、どうして訪ねて来た人が「どちらからいらっしゃしましたか?」なんてきくの?

 

母  綾子、お母さんですよ。

綾  しつこい。知ってるわよ。

 

母  綾子、(ちょび髭をつけて)お父さんですよ。

綾  わあ、びっくりした!

 

母  綾子、三浦光世さんという方がお見えですよ。名刺を頂きましたよ。「みや・ばやし・あつい」の方だそうよ。

綾  なんで「営林署」が読めないの?

 

母  綾子、三浦光世さんがお見えですよ。とうとう来られましたね。15年待った甲斐がありましたね。やっと再会できましたね。

綾  ここは、天国か?

 

母  綾子、三浦さんという方がお見えですよ。でも、お見舞いの品も持っておられないのよ。いやね。

綾  なんて、お母さん!そんな感じの悪い、がめつい人、お母さんじゃない。

 

母  綾子、三浦綾子さんという方がお見えですよ。

綾  どうして私が来るの!

母  どうしてお前は三浦綾子なの?まだ、堀田綾子でしょ。

綾  あ、そうか。

母  引っかかったわね。ひひひ。

 

母  綾子、三浦さんという方がお見えですよ。とっても素敵な青年ですよ。お母さんがいただいてもいいかしら。

綾  だめー!ぜったいだめ。あんたは、夏枝さんか!?

 

母  綾子、三浦さんという方がミエミエですよ。

綾  なにそれ、やけくそ?

 

母  アヤコ、ミウラサントイウカタガ、オミエデスヨ!

綾  お母さん、なんで急に外国人?

 

母  綾子、三浦さんという方が、将棋指そうぜって来られてますよ。

綾  もうだいぶ、ネタがなくなったわね。

 

母  綾子、梶浦さんって方がお見えですよ。

綾  え、もしかして賛助会費の取り立て?私、今年払ったかしら?(注:梶浦さんは文学館の会計事務係の方)

 

母  綾子、お母さんよ。

綾  知ってるわよ

母  綾子、こんな漫才するの、光世さんに許可取ったの?

綾  お母さん、大丈夫。光世さんはいつでも、「はい、どうぞ、どうぞ」って言うから。

このブログを書いた人

森下 辰衛
森下 辰衛三浦綾子読書会代表/三浦綾子記念文学館特別研究員
 1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
 2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
 著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。