『銃口』を書いた心、“銃口”に勝つ心

「ごめんなさい」と「ありがとう」は最強の平和ツール2

三浦綾子の人生の紹介をするとき、戦時中軍国教師であったことを外すことはできません。「あなたたちはお国のために天皇陛下のために戦争に行って命をお捧げするのですよ」と子どもたちに教えたのです。しかし敗戦後、子どもたち自身の手で教科書に墨塗りをさせなければならなくなったとき、自分が教えていたことが永遠普遍の真理ではなかったということを思い知らされ、自分のしていたことが子どもたちに対しても、東アジアの国々に対しても恐ろしい罪であったと悟ってゆくのです。だから、彼女が作家として三十年以上にわたって書いた小説の根底にはいつも世界の平和への祈りがありました。最後の小説『銃口』では、主人公の危機を救う重要な人物として金俊明という朝鮮人青年を描きますが、三浦綾子は彼を国や民族や時代の憎しみの壁を越えてすべての人が兄弟として手をつなぐことが出来るというヴィジョンを語り、敵意と疑いの象徴である“銃口”に勝利する偉大なる“人間”として描いています。三浦綾子は歴史小説や伝記小説を書くときはその舞台の場所を訪ねて取材しました。『海嶺』では北米もマカオも取材しました。しかし『銃口』終盤の舞台である旧満州、朝鮮半島を取材することは出来ませんでした。パーキンソン病だったからです。しかし、その頃彼女は言ったのです。

「もし私が中国や韓国に行くことがあったら、私はこの足の裏でそれらのお国を踏むことは出来ません。飛行場を降りた瞬間から、膝で歩くしかない者です」

このブログを書いた人

森下 辰衛
森下 辰衛三浦綾子読書会代表/三浦綾子記念文学館特別研究員
 1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
 2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
 著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。