貴方は尽きざる愛の源泉でした ― 西村久蔵の葬儀
1953年7月14日火曜日午前10時から、札幌北一条教会で西村久蔵の葬儀が執り行われました。オルガンの前奏、祈祷、森牧師による式辞、そして札幌禁酒会会長(現酪農学園創立者、現雪印メグミルク創立者)黒沢酉蔵、キリスト村入植者代表平林正哉、北星学園園長安孫子孝次、北海道議会議長蒔田余吉、簾舞療養所療養者代表菅原豊(後に同人誌「いちじく」を主宰し三浦夫妻を出会わせた)ら、11名によって弔辞が読まれました。この日、教会堂、廊下、ホール、玄関を800人の人が埋め、入りきれない人が何百人も道にあふれました。そのすべての人が11人の弔辞を聞きながら号泣しました。祭壇には江別太キリスト村から届けられた原野の花々がいっぱいに飾られていました。
この日、にしむらの従業員代表として弔辞を読んだのは、後の西村食品社長の沢村重一さんでした。
……貴方は尽きざる愛の源泉でありました。世の多くの人が貴方に多くを求めし如くに、私共も飽くなく求めました。そして貴方は自らの一切を擲って私共に自らの一切をお与えになった。
企業体としての西村の成長は先生ご自身の非凡の才能の故でもありましょうが、それはとりもなおさず、先生の偽ることなき誠実と人間愛の精神がなされた業でした。先生のお考えになったことは、企業を通じて世に奉仕することでありました。よい品物を安く、そして親切に扱うこと、このような企業体を社会もまた捨てないというのが先生の信条でありました。社会の理想形態は飽くまで人間性に根ざした連帯保証制の精神によるものであり、その根源は十字架による愛の精神であったのであります。
その故に貴方は、企業利潤の一物をも自らの身につけませんでした。「自らに薄く従業員に厚く」これを文字通り実践されました。人を憎むことをせず、人を怨むことが出来ず、悉く人を愛し、人を信じ、人を許しました。骨身を削り、自らを虐げて人に与え、人に尽くした結果は、必ずしも報いられませんでした。そしてある時には甚だしき裏切りにさえあわれました。しかしその時にも先生は、人を責むることなく許されました。ああ、他の何人に私共はかかる愛の人を望むことが出来ましょうか。
……もっと叱って頂きたかった。貴方は人を責むる前に先ず自らを責められた。私共は先生が私情をもって憤られしことを、かつて知りません。しかし使命のために、正しさの追求のためには、断々乎として進まれた比類なき先生の勇気を学ぶべきであると存じます。 (『愛の鬼才』澤村重一の弔辞)
沢村さんは札幌で生まれ、幼い頃に両親を喪いました。札幌商業で学んでいたとき学資が続かず中退を余儀なくされた沢村さんを西村久蔵先生が引き取りました。その後西村先生の援助で小樽高商(現小樽商科大)に進み、同校を首席で卒業した沢村さんは、にしむらに入り、1967年に西村食品工業の社長に就任。1976年には札幌駅地下街に聴覚障害者が働く100円ケーキの店「リリー」を開店しました。当時この店の噂は瞬く間に全国に広がり、見学者が絶えなかったと言われています。1981年には「100円ケーキの歌」というテレビドラマにもなりました。沢村さんは更に、障害者が靴修理などで働く「シュリーの店」を開くなど、障害者の雇用創出にも尽力しました。沢村さんの中に、若き日に西村先生からいただいた恩、そのスピリットと信仰が生き続けていたことが分かります。
沢村さんは2017年6月20日、99歳で召されましたが、私は生前二度お話を伺う機会が与えられました。2005年の札幌北一条教会での全国大会、2009年の江別での全国大会でした。沢村さんは講演のとき「西村先生は」と話し始められましたが、語るうちに、久蔵先生に愛され共に生きた時代のいのちの火が燃え始めるのでしょう、止めることのできない火が噴くごとくに「われらの兄貴は」と語られ、いつの間にか聴衆もその熱い愛の師弟関係のなかに巻き込まれていました。
「貴方は尽きざる愛の源泉でありました」と弔辞を読むことが出来る人は、なんと幸いでしょう。
このブログを書いた人
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1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。
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