神さまって、エコひいき!

   1982年の今日5月17日は、三浦綾子さんが直腸癌の検査と手術のために旭川赤十字病院に入院した日です。この頃の事情を語っている日記形式のエッセイ『北国日記』によれば、綾子さんはしばらく前から続く下血と不気味な疲労感のなかで『愛の鬼才』を執筆していました。綾子さんは、この癌を予感させる症状のなかで、様々に思索しています。

 「死」ほど「生」を深めてくれるものはなく「死」をみつめることほど、私に真の明るい「生」を与えてくれる生き方はなかった。「死」は一見暗く冷たく苦いがその死について思いを深める作業は、意外と明るく建設的で甘いものなのだ。それは、本当に死と直面し、真剣に考えた人ならわかることと私は思う。
   癌であろうがなかろうが人は一度は死ぬ。癌患者ばかりが死ぬわけではない。すべての人が死ぬのだ、甘ったれてはいけない、そう私は癌を患った私に言いきかせている。(略)
   誰もが、今日が命日かも知れないのだ。只、(いつかは死ぬさ)と思っているだけだ。死を自分のこととして真剣に考えることは、生きることを真剣に考えることでもある。

   5月17日に相当するところにはこう書いています。

   遂に本日旭川赤十字病院に入院する。電話、バス、トイレつき個室。和机を持ちこんでの入院なり。仕事はやれるだけやらねばならぬ。(略)検査の合間を縫って『愛の鬼才』の資料調べ。朝、昼、食事抜きで。さすがに捗らず。

   検査にあたって、光世さんは言いました。

   「いかなる病名であろうと、神には風邪を治すのも、癌を治すのも、同じことなのだ。それに、治っても治らなくても、一番よいようにしてくださるのだから、感謝しよう」

   検査の結果、果たして癌であることが判明し告げられました。

   癌であってほしくはなかったが、ヨブ記にあるように、〈われわれは神から幸をうけるのだから、災をもうけるべきではないか〉ということであろう。十三年間の病を癒してくださり、類稀なる優しさと厚い信仰を持った夫を与えてくださり、喜んで働ける仕事を与えてくださった神が、この度は癌を与えてくださった。神は愛である。愛なる神が与えてくださるものに、悪いものがある筈はない。(略)わたしも、どんな病気になろうと、自分が神から与えられている使命を果たすだけだ。書くことを通してイエスがわたしたちの救い主であることを証すだけだ。思いがけない平安が胸を満たす。

   手術後の綾子さんは、癌は治った話より死んだ話のほうがあまりにも多い。私が死んだら多くの人が気落ちするが、生きのびたら励ましとなるはずだ。ならば自分の病気は自分だけの問題ではない、と〈証し〉する使命を再度自覚して、このエッセイをこう締めくくっています。

   苛酷な冬も、美しい春も、みんな神がくださるのだ。苦難も喜びも、みんな神の計らいの中にあるのだ。
   「冬来りなば春遠からじ。下血また感謝すべし」
   癌をわずらったことは、やはり神のめぐみだと思う。神が私をえこひいきしていられるのだと思う。復活のキリストを仰いで歩むべし。

   癌になって手術して、「神が私をえこひいきしていられる」と考えることは、普通人の驚嘆するところですが、それは三浦綾子をしても、瞬時に辿り着いた境地ではありませんでした。いろいろな思索と祈り、光世さんとの対話も経ながら得た信仰でした。綾子さんはこう書いています。

   どんなに大きな体験をしても、心の深い所で真実に受けとめなければ、その体験は自分を何ら成長させない。(略)今、わたしにわかることは、いっさいの体験は、神の前においてなされなければ、その意味の大半を失うということである。(略)神は、人間には病気の時があってよいと思い、貧しい時があってよいと見られるのかも知れない。そしてそのような神の計らいが、わたしたち人間にとって最もすばらしいことになるのかも知れない。

   新型コロナウイルス禍の体験は、人類全体において、一人一人において、何よりもこの私において「心の深い所で真実に受けとめ」る成長の時になっているか?恐れや不安に囚われる自分の弱さや、窮乏の苦さや、さまざまな悲しみや、寄る辺なき戸惑いも通して「神の前においてなされる」体験になっているか?それらは単なる「禍」ではなく、「最もすばらしいこと」の始まりのために与えられた「神の計らい」として自覚されるに至っているか?そして、このことを通して示されているはずの使命を私は悟りえているか?
   これらは今までも何度も問うたことかも知れません。でも綾子さんが癌の体験に向かっていった今日5月17日、もう一度自分に問うてみたいと思います。もしそれが真実に体験されるならば、綾子さんのこんな幸せな言葉もまた、私自身の言葉になるという希望も見えているからです。

   既に雪をかぶった大雪山も、黄金色の田んぼも、わたしにとっては、もはや単なる風景ではない。天地の創造主なる神と、死の淵から癒されたわたしとの強い絆をそこに見る。

   「強い絆をそこに見る」とは、世界が「風景」でなくなること、そして「神さまって、なんでこんなに私にエコひいきばっかしてくれるの!?」と叫ばずにいられなくなるということです。

このブログを書いた人

森下 辰衛
森下 辰衛三浦綾子読書会代表/三浦綾子記念文学館特別研究員
 1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
 2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
 著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。