「片隅のいのち」
「片隅のいのち」は、1973年8月3日号の「週刊朝日」に掲載された三浦綾子さんの短篇小説です。朝日新聞社刊の『三浦綾子作品集第五巻』と主婦の友社刊の『三浦綾子全集第六巻』に収録されています。本来なら短篇集『毒麦の季』か『死の彼方までも』に入っているべきものですが、単行本には未収録です。『石ころのうた』の完結の月、『細川ガラシャ夫人』の連載中でした。
人は何をもって、その人が劣等であると判定するのでしょうか?主人公波夫(「のろ」と呼ばれていました)には力がありました。危険な仕事もいやがらず、忠実にやりました。彼はずるくもなく、意地悪でもありませんでした。悪癖になるような低い欲望に弱いという面もありませんでした。知的な障害が少しあっただけです。
店の主任の中沼も他の店員たちも、波夫をおもちゃにしました。煙草を吸わせてみたり、酒を飲ませてみたり、そして女によっても、いわば人体実験をしました。自分たちと同じような悪い性質が出てこないのが不思議で、そして気に入らないかのようでした。
波夫の父・経理係だった木原は、創業から三十年勤めた実直な男で、結婚十五年目に波夫が出来、大変な喜びようでしたが、妻は産後が悪く死亡します。後妻がいじめては大変だ、弟や妹が出来て馬鹿にされてはかわいそうだと思って、再婚せず一人で育てましたが、波夫が十二歳の時にこの父も五十二歳で亡くなりました。店主が波夫を引き取ってくれましたが、実際は波夫には非常に無関心でした。
山野津也子という五十過ぎの女性店員だけが味方でした。気の強い遠慮なくものを言う、波夫の母親ぐらいの年齢(執筆時の綾子さんも同じぐらい)の女でした。陰に日向にかばってくれて、食事や洗濯の世話をしたり教えたりしてくれました。
「波夫ちゃん、人間、頭より心が大事だよ。波夫ちゃんのようなきれいな心が、この世の宝だよ」
時々、津也子はそういって聞かせる。
「おれ、きれいなこころ? おばさんは心が見えるの?」
その度に、波夫はふしぎそうな顔をする。
「ああ、おばさんには何でも見えるよ。波夫ちゃんはね、何の欲もなし、陰日向もなし、人を恨んだこともない」
ところが、この「山野のおばさん」がリウマチになってしまいました。波夫はおばさんの部屋を朝夕見舞いました。しかしおばさんは息子夫婦のもとに引きとられることになりました。「山野のおばさん」の車が出て行くのを見て、波夫は頑是ない子供のように地団駄踏んで泣きました。
中沼は波夫を愛人の女・より子のところに連れて行きました。それはいわば「のろ」に普通の男の情欲があるかどうかを調べてみたいという実験のためでした。
「のろ。このおねえさん、いい女だろ」
波夫はまじめな顔で、じっと女を見つめていたが、
「山野のおばさん、いい女だ」
といった。
波夫が全く興味を示さないので、より子は「こんなにいい体なのにねえ」と言いました。より子は波夫を猫でも扱うように、残り物をどんぶりにさらけて食べさせました。より子は言いました。
「のろ、あんた何のために生きてるの。あんたなんかに、嫁さんの来手もないのにさ」
波夫は首をかしげて、
「何のために生きているのかな」
と、ゆっくり答える。
「何だって、そんなにゆっくり答えるの。いらいらしてくるよ」
その後、波夫は買って来た餅をうす暗い倉庫の隅の荷の陰で食べているときに、餅が喉につまってしまいました。波夫は一人、声もなく胸をかきむしって、倉庫の床にのたうちまわりました。そして、波夫は、誰にも気づかれずに窒息死しました。「片隅のいのち」の悲劇に誰も気づかなかったのです。
通夜の時、人々はさすがに、波夫の一生をあわれに思いました。一度として、波夫をまともに扱わなかったことの痛みもありました。しかし、酒が出ると痛みが酔いでうすらいでゆきました。誰かが「のろ」も「つまらん死に方」をしたものだと言うと、誰かが「いや、つまって死んだんだよ」と冗談を言い、みんなで笑いました。死んだ波夫が不運だったのだ。あんなふうに生まれて来た人間が不運なのだ。まともに扱わなかった自分たちが悪いわけではない。みんなそう思いたがっていました。
そんな彼らには波夫が遺した貯金10万円の意味が分かりませんでした。波夫は病気の「山野のおばさん」のためにお金を貯めていたのですが、店員たちは「馬鹿でも欲だけはあるさ」と言いました。自分たちと同じ低さに落さねば理解できないし、収まりが悪いのでしょう。
人々が、波夫もがめつい人間の一人だったかと話しているのを、波夫の遺影はおだやかに笑って聞いているようであった。
イエス・キリストが十字架上で、自分を十字架にかけて殺そうとしている人たちのために「父よ彼らをお許しください。彼らは何をしているのか自分で分らないのです」と祈ったのと似た心を綾子さんは描こうとしているのかも知れません。「片隅のいのち」のところで、人間の本当の冷酷さと愚かさと罪が顕わにされます。でも、「片隅のいのち」のところにこそ、人間のあたたかいこころとこころの本当のふれあいもあるのです。綾子さんの眼差しはその両方を向いているようです。
あるとき、この作品を一緒に読む読書会をしました。そのときに、一人の方がお話して下さいました。
昔、戦争から帰って来たおじさんがいました。その家の離れの陽の当らない所で、ボールのようなどんぶりでご飯を食べていました。そのおじさんはいつも「はい、はい」と言って農作業をしていました。いつもニコニコしていました。不必要なことはしないで言われた仕事だけを一生懸命していました。朝早くから夜遅くまで働いていたおじさんの姿。戦争で傷ついて、片隅にいて、生きていった人でした。このおじさんの人生を神さまは見ておられると思います。このおじさんの笑顔と、生を全うしてゆく姿を思い出して感動しました。忘れていたことを思い出しました。神様から見ると誰が尊い人なのか、考えされられました。
この作品を読んで、私たちがそれぞれの人生の中で出会いながらも忘れていた、「片隅のいのち」を思い出していただけたらと思います。或いは現在、無関心でいたり大事にしていない「片隅のいのち」がないか、自問したいと思います。
このブログを書いた人
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1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。
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