今日はあなたの百歳の誕生日
前川正さん
ちょうど百年前の1920(大正9)年6月30日、旭川市宮下通り19丁目であなたは生まれました。今日はあなたの100歳の誕生日。なぜあなたはあの場所で、あの時代に生まれたのでしょうか?今その場所を訪ねても、確かな場所は分かりません。何の記念の目印もなく、道行く人もそれを知りません。しかし確かに100年前、あなたはここから歩み始めて、33年と10カ月を生きて、同じ市内のそこからわずか1キロほどの場所で生を終えるまで、前川正でありました。ニセコの近くの熱郛で数年、学生時代に札幌の北大の近くの下宿に数年、16歳の時に家族で本州に一度旅行に行ったほかは、この厳寒の盆地の底の町で、渇いた雪が真っすぐに降り積もるように多くの書を読んで静かに学び、静かに思索し、深く信じ、激しく問われて激しく祈り、苦悩して悶えながら丘に登り、自らを打ち叩くほどに激しく愛して、歌を詠み、多くの手紙を書き、この町を特に九条通りを前かがみに歩いた。それがあなたの一生でした。
綾子さんとあなたが交わした往復書簡集『生命に刻まれし愛のかたみ』に収録されたあなたの日記を見ると、ちょうど30歳の誕生日を迎えた1950年6月30日、あなたはこんなことを書いていますね。
△勉強ということは、本を読むことは大切な一項目だが、生きるということにおいて、一つの高い理想、目標を設け、それを目指して精一杯努力した生活をすることをいう。
勉強しよう。
頭だけでなく心だけでもなく体だけでもなく、「生きるということにおいて」、とあなたは言う。そうなのです。あなたはそのように生きた人でした。そしてそこには確かに一つの高い理想と具体的な「目標」とがありました。そして、それは「一つ」でよいのだと、今日わたしは、あなたから教えられ慰められています。ひとすじに生きるためには「一つ」でよいのだと。ただ、振り向かずに「それを目指して精一杯努力した生活をすること」なのだと。ああ、しかしあなたの言葉はわたしを強く打ち叩く。あなたの言葉はあなたが「生きるということ」において証明された〈ほんとう〉だから。今日のわたしには、余りに痛い。
あなたの眼差しはいつも上にある。戸惑う私を見てはくれない。わたしのうつむく弱さに知らないふりして、あなたはさわやかに言う。「勉強しよう」と。人間の一番の勉強が何であるのか、それを骨の髄で知るために生きたあなただから。人間のほんとうの勉強が、人をどんなに変え、どんなに育て、どんなに高め、どんなに深め、その最期のいのちの断面がいかに美しいものになるかを、生きて証明したあなただから。
あなたに会えてよかった。わたしを打ち砕いてくれるあなたが、生まれてくださってよかった。100歳、ありがとうございます。AB型でスタイリストのあなたは、こんな挨拶をちょっと嫌いでしょうね。
あなたが生まれた街に咲き始めたラベンダーと夏の花々です。
このブログを書いた人
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1962年岡山県生まれ。1992年から2006年3月まで福岡女学院短大および大学で日本の近代文学やキリスト教文学などを講義。2001年より九州各地で三浦綾子読書会を主宰、2011年秋より同代表。
2006年、家族とともに『氷点』の舞台旭川市神楽に移住し、三浦綾子文学館特別研究員となる。2007年、教授の椅子を捨て大学を退職して以来、研究と共に日本中を駆け回りながら三浦綾子の心を伝える講演、読書会活動を行なっている。
著書に『「氷点」解凍』(小学館)、『塩狩峠』の続編小説『雪柳』(私家版)、編著監修に『三浦綾子366のことば』『水野源三精選詩集』(いずれも日本基督教団出版局)がある。NHKラジオ深夜便明日への言葉、テレビライフラインなどに出演。
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