2020年9月6日(日) / 最終更新日時 : 2020年9月6日(日) 森下 辰衛 創作 カバゴジラ その人をぼくは「おねえちゃん」と呼んでいた。けれど、ときどき、機嫌の悪い時や機嫌の良いときには「カバゴジラ!」と呼んだ。ぼくに姉はいない。兄がいるだけで、二人兄弟だ。カバゴジラは、母の妹だから、本当は叔母ということになる。でもぼくは小さいころ、カバゴジラを「おねえちゃん」と呼んでいた。
2020年8月29日(土) / 最終更新日時 : 2020年8月29日(土) 森下 辰衛 創作 どら猫と一寸法師 私のあだ名はどら猫だった。これが女の子につけるあだなかよ?と思うが、いちばん私を知っている親がつけたのだから仕方ない。ぐるるる。 中学二年生の秋だった。どんな事情だったか忘れたけど、ある日曜日、私たち女の子四人と男の子四人のグループで映画を見に行った。その中に彼もいた。
2020年5月16日(土) / 最終更新日時 : 2022年2月2日(水) 森下 辰衛 創作 シオン・ガーデン うなずいたばかりで、彼は何も言わなかった。かすかにうれしいような辛いような目をして、それぞれ、あるから、と独り言のように、ぽつりと言った。 それからも僕は注意深く様子を見ていたが、二人がつき合っている様子はなかった。図書館わきのガーデンは間もなく書庫の拡張工事で立ち入り禁止になった。背の高い雑草が生い茂り始めた間から、薄紫のシオンの花が咲き始めていた。
2020年5月2日(土) / 最終更新日時 : 2020年8月29日(土) 森下 辰衛 前川正 李(すもも)― 前川秀子から綾子への手紙 抄 どうぞ、覚えてやってください。あの子は、神を恨みながら死んだのではありません。あなたに出会ったことを後悔しながら死んだのではありません。人生と運命を呪いながら死んだのでもありません。怯えながら、恐れながら死んだのでもありません。一度も何に対しても「ちくしょう!」と言わなかったのです。それだけは褒めてやりたいと思います。