2022年3月11日(金) / 最終更新日時 : 2022年3月20日(日) 森下 辰衛 おたより おたより ⑳ 最近いただきましたおたよりを紹介させていただきます。最初のものは、三浦綾子の小説『ちいろば先生物語』の主人公榎本保郎の長女るつ子さんからいただいたお手紙です。ご許可いただき、そのまま掲載いたしました。ちいろば先生の温かさが沁みてくるエピソードです。
2020年11月14日(土) / 最終更新日時 : 2020年11月14日(土) 森下 辰衛 水野源三 兄水野源三にもらったもの-林久子『悲しみよありがとう』 堀田綾子の奇跡が、前川正のいのちがけの愛によって始まり、三浦光世に引き継がれていったように、水野源三という奇跡も、宮尾隆邦牧師、高橋三郎、榎本保郎という器によって結実してゆきました。でも、一番の働き手は、坂城という美しくも平凡な地方の町と水野家という普通の家庭、そして特にこの家の女性たちでした。この本は、源三さんの妹林久子さんによる思い出の記です。
2020年11月7日(土) / 最終更新日時 : 2020年11月7日(土) 森下 辰衛 榎本保郎 いのり-阿南慈子さんと子どもたち 阿南慈子(旧姓奥村)さんは1954年11月7日、京都のクリスチャンの家に生まれました。父の名は奥村光琳。『ちいろば先生物語』で榎本保郎の信仰の導き手となる戦友して登場してきます。綾子さんと光世さんは、『ちいろば先生物語』の取材で慈子さんと出会ったでしょう。26歳で阿南孝也さんと結婚。二年後長男時也君、更に二年後長女七星ちゃんが生まれましたが、31歳で慈子さんは多発性硬化症(MS)を発病します。
2020年9月23日(水) / 最終更新日時 : 2020年9月24日(木) 森下 辰衛 水野源三 千曲川のほとり ― 源三さんの坂城と小諸の柳澤さん 源三さんは1937(昭和12)年、この町に生まれ元気に成長しますが、9歳のとき赤痢の高熱による脳性麻痺で、首から下と言葉の自由を失いました。50年に受洗。55年頃からは五十音表を使って瞬きで詩作を始め、75年に榎本保郎牧師らの尽力で第一詩集『わが恵み汝に足れり』が出版されました。以下全部で四冊の詩集が刊行されましが、84年、47歳で召天しました。
2020年7月27日(月) / 最終更新日時 : 2020年7月27日(月) 森下 辰衛 榎本保郎 向こう岸へ渡ろう ― 榎本保郎召天の日に 7月27日、今日は榎本保郎の命日です。1977年ロサンゼルスで召されました。二日前の25日、病室には保郎の妹の松代さんと弟の寿郎さんと和子さんがベッドうを囲み、保郎に手を置いて祈っていました。そのとき、突然「シュシュシュシュシュッ」という異様な音がして、まばゆい光がベッドの上を走り、吊るされていたリンゲルに当ってカチッと音をたてました。保郎は低いうなり声をあげました。三人は互いに顔を見合せ「今の音聞いた?光を見た?」と言い合いました。