2020年11月18日(水) / 最終更新日時 : 2020年11月18日(水) 森下 辰衛 文学散歩 「枯木に花も咲くからなあっ!」-大正15・11・18復興反対集会の拓一 1926(大正15)年11月18日、「十勝岳爆発による泥流罹災地は絶対復興の見込なく、多額の費用を投ずるは無意味に国費を放棄するものである」と主張する復興反対期成会(会員約15名)によって、上富良野村市街地で村民大会が開かれました。会場となった三共座は大正時代に栄えた共楽座が経営不振になった後を引き継いだもので、後に新築されて永楽座、更に上富良野劇場と名前を変えてゆきます。
2020年5月24日(日) / 最終更新日時 : 2020年7月4日(土) 森下 辰衛 文学散歩 「いつ死んでも、一点恥じるところはない」- ていさんの泥流体験談(抄) 1926(大正15)年5月24日は十勝岳が噴火して泥流が発生し上富良野と美瑛の村を襲い144人の人が亡くなるという大惨害が起きた日です。三浦綾子さんはこの事件に取材して『泥流地帯』『続泥流地帯』を書きましたが、上富良野での調査取材で最も多くの証言をしたのが清野ていさんでした。ていさんは旧姓吉田、当時の上富良野村吉田貞次郎村長の娘で、『続泥流地帯』には登場人物としても描かれています。以下は、このていさんにお聴きした体験談の抄録です。