旭川G7 ① えびせん
G1 えびせん
旭川は寒い。冬がとっても長くて、もう我慢できない、あともう二か月はやく春が来ればいいのにと毎年思う。夏が恋しい。だが、夏もたいへんだ。もう我慢できない、と思うくらいに暑くなる。
私はよく川土手をひとりで散歩しているが、夏の午後などは、じっと木陰にたたずんだり、ベンチで休んでいたりする。
そんな夏の午後のことである。私は木もれ日を楽しみながら、土手のベンチに腰かけていた。
そこへ、ひとりのジイがやってきた。自転車で、ゆっくりと……。なにか言いたげな顔をして私を見ている。私はみがまえた。すると、ジイは自転車からおりて、こう言った。
「これ、あげる」
ジャンパーの内ポケットから、さっとなにかをとり出した。なんだろう。お菓子の袋のようだった。
「かっぱえびせん。これ、あげる」
袋は二つに折られていて、ゆるく輪ゴムがまかれている。あわてる私。
「あ、いいです」
「遠慮しなくていいよ」
「いや、ほんとうにいいです」
「食べかけだけど、おいしいよ」
どうしても、どうしても、とすすめるジイ。
「いや、ほんとうにいいですから」
私は心の中で、封があいている食べ物なんてもらえない。毒が入っていたらどうするの、と叫んでいた。絶対にもらわない。断固として断るべき。
私は言った。
「でも、おじさんの食べるのがなくなりますから」
すると、ジイは言った。
「ああ、俺ね、俺、今、歯医者さんに行った帰りなんだ。だから、持って帰っても、これ、食べれないんだ。だから、食べてよ」
しかたなく、もらって帰った。家で、夫や子どもに話をすると、彼らはキャッキャと笑い、おいしい、おいしいと言って食べてくれた。
私も勇気を出して、一つだけつまんでみた。なつかしい味がした。子どものころ、遠足の山の上でみんなと食べた、カルビーのかっぱえびせん。
ありがとう。おじいさん。毒入りなんかではなかったです。
このブログを書いた人
- 1963年福岡県生まれ。子どものころは歌やお絵描きが大好きだった。世界のみんなと友だちになりたくて言語学を学んだが学問に挫折し、87年、24歳でクリスチャンになる。その後、同じ大学の先輩で学生時代には“こんな人だけは絶対いやだ”と思っていた森下辰衛とばったり出会い、92年に結婚。2006年から北海道旭川市に住む。旭川のパンとスイーツが大好き。4人のユニークな娘がいる。2016年12月、童話集『天国への列車』(ミツイパブリッシング)を刊行。
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