みかんさんの童話作品

おじいさんとおじいさん

      おじいさんとおじいさん

   むかしむかし、あるところに、おじいさんとおじいさんが住んでいました。おじいさんとおばあさんではなくて、おじいさんとおじいさん。そう、この二人は双子(ふたご)だったのです。そして、この二人は、私たちが想像するよりもはるかにずっと昔から、いっしょに住んでいたのです。
「なあ、おじいさんや。あの頃が懐かしいとは思わんかね?」
「あーあ。あの頃はよかったねえ。人の心の中が見えていた。なんにも言わなくても、そこにその人がいるだけで、その人が何を考えているかがわかったもんだ。じいっと、ただ向き合っているだけで……」
「そう、互いにただ向き合っているだけで、その人の心の中が自然に伝わってきたんだよ。だから、表面をいくら取りつくろっても意味がなかったし、お互いはお互いに対して、自然と良い思いだけを抱くようになったもんだったよ」
「そうさ。だから、普段からきれいな心でいさえすれば、嘘をついたりごまかしたりしなくてよかったから、楽だったし、安心だった」
「だが、今の暮らしは、なんとも難しいことが多すぎて……。ああ、このパソコンも、もう寿命だね。何を取り替えたってうまくいかない」
「そろそろ、あの人の出番かな?」
「うん。あの人はいい人だ。いつもちゃんと直してくれるのに、代金はほんのちょっぴりしか取らないときている。ああいう人ばかりだといいんだけどね」
 そんなことを話していると、ピンポーンと玄関に誰かがやって来ました。おじいさんが、すこし曲がった背中でゆっくりと出て行くと、そこに一人の若者が立っていました。
   若者は言いました。
「あのう……すみませんが、一晩宿をかしてはいただけませんか?」
 若者は、困っているようでした。おじいさんは気の毒に思って、若者を中へ入れてやりました。そして食事をさせ、お客用にとってある一番ふかふかの布団に寝させてやりました。
 次の朝、目を覚ますと、隣に寝ているはずのもう一人のおじいさんがいません。トイレにも、中庭にも、いませんでした。玄関先に、そのおじいさんの茶色い靴が片方だけ脱ぎ捨てられてありました。そして若者の靴もなく、家中の食べ物が、ありとあらゆる食べ物が――そう、大根から蜂蜜まで――すっかりなくなっていたのです。
 おじいさんは、衝撃のあまり気を失いかけました。が、もう一人のおじいさんのことが心配でしたので、心の中で呼びかけてみました。
「なあ、どこにいるんだい……」
   すると、もう一人のおじいさんが応(こた)えました。
「悪いが……わしはもう生きてはいない。あの若者が食べ物を運ぶのを見ていたら、急に息が詰まってしまってねえ……倒れてしまった。すると、あの子はわしを抱きかかえて……裏山のコーヒーの木の根元に埋めてくれたんじゃよ……。ここは、しっとりとした、いい所じゃよ。おまえさんといっしょにいられないのは、ちと淋しいが……まあ、しばらくはここも悪くはない。こうして変わらずに、おまえさんとは話ができるし、いや、むしろ、生きて話をしていた頃よりも、ずっと何かが鮮明に映し出されているような気がするんだよ」
 それを聞くと、おじいさんは安心しました。そして、何があってもまっすぐなきれいな心で生きていこうと決心しました。
 さて、それから二十年の歳月が経ちました。おじいさんはますますおじいさんになっていましたが、心はまるで少年のように鮮やかでした。
   ある日、またピンポーンと音がして、出てみると一人の男が立っていました。
   男は言いました。
「すみませんが、食べ物を分けてもらえませんか……」
   みると、たいそう痩(や)せていて、頭はまるでどくろのようにひび割れてかさかさでした。おじいさんは、かわいそうに思って、今ちょうどできたばかりのスープを飲ませてやりました。そうして、家中の食べ物を持たせられるだけいっぱい袋に詰めてやりました。男は喜んでスープを平らげると、お礼を言ってから、持っていた鉄の棒でおじいさんを力いっぱいに殴(なぐ)りつけ、立ち去りました。おじいさんはその場に倒れ、二度と起き上がることができませんでした。
   おじいさんは、もう一人のおじいさんに言いました。
「あの子が来たんだよ。たいそう干からびていたんだよ。腹がへっていたんだろう……。スープはもっとあったんだ。それにパンもな。もっと持たせたってよかったんだ……」
「ああ、ああ。そうとも、そうとも。わしらには、あげられない物なんてないんだからな。食べたいだけ食べさせてあげたかっただけなんだ。なぜ、わしらのこの心の声が、あの子には伝わらなかったんだろうねえ?」
「うん。きっと、あの子は腹が減りすぎていたんだろう。ずっとずっと何年も、何十年も、いや、もっとずっと昔から、あの子は腹がペコペコだったのさ。かわいそうになあ……」
 そのとき、ピーポーピーポーと警察の車の音がして、おじいさんの家の前にとまりました。警察の人は、倒れているおじいさんの身体にそっと触れて、
「穏やかに死んだんだな」
と言いました。そして、手錠をされた男といっしょに車に乗って行きました。男のひび割れた頭には、茶色いコートがかかっていました。
 さて、おじいさんの家の裏山には、おばあさんが植えたコーヒーの木があって、おじいさんはそこに、もう一人のおじいさんといっしょにいます。ある日、おじいさんは、もう一人のおじいさんに言いました。
「なあ、今日は行ってみようじゃないか」
「ああ、あの子の所にな。あの子は今日、吊(つ)るされるんだからなあ」
「あの子には、わかるだろうか?」
「わしらを見たら、また殺すかもしれんなあ。それでも行くか?」
「ああ、行くさ。わしらのこの心の思いだけは、どうしても伝えなくてはならんのでのう……」
 こうして、おじいさんとおじいさんは処刑場へと向かいました。自分たちを殺したあの男、あの若者に、
「いっしょにまた食事をしよう」
その言葉をどうしても言いたかったのです。
 裏山のコーヒーの木は、葉っぱをそよそよと揺らしました。艶(つや)のいい緑の葉っぱのコーヒーの木は、いつか赤い実がなるのだと、そして、いつか甘い香りを放つのだと信じて、まっすぐに立っていたのでした。

      ※「おじいさんとおじいさん」は童話集『天国への列車』に収められています。

 
 
 

森下みかん(もりした みかん)    1963年福岡県生まれ。子どものころは歌やお絵描きが大好きだった。世界のみんなと友だちになりたくて言語学を学んだが学問に挫折し、87年、24歳でクリスチャンになる。その後、同じ大学で学んでいた先輩だったが大学時代には“こんな人だけはいやだ”と思っていた森下辰衛とばったり出会い、92年に結婚。2006年から北海道旭川市に住む。旭川のパンとスイーツが大好き。4人のユニークな娘がいる。2016年12月、童話集『天国への列車』(ミツイパブリッシング)を刊行。