旭川G7 ⑥ だれかが俺を

   G6 だれかが俺を

   土手の、下の道を歩いていると、上の道をジイが行く。買い物カートを押してゆっくりと……。私も、自転車を押してゆっくりと。離れているけど並んでいる。お日さまニコニコ。ジイもニコニコ。あれっ!ジイが消えた。
   気になって、自転車を立てる。草むらの向こうで、買い物カートだけが道のまん中においてあるのが見える。たいへんだ、きっと何かあったんだ! 急いで草むらをかけ上がる。でも、そこにジイはいない。ジイは茂みの中にいた。こちらに背中を向けてじっと立っている。ほっとして、私は草むらをかけ下りる。なーんだ、トイレタイムか。間に合ってよかった。いろんな意味でそう思う。
   私の行く所、どこでもジイが待っている。暑い夏、街のベンチにすわって、ひとりでスムージーを飲んでいる。すると、ふらふらと、自転車ジイが近づいてくる。おっと、おじいさん、ここは歩行者天国。しばらく前に自転車は禁止になったんですけどねえ、なんて言う暇もなく、ジイは私の持っているスムージーに目をかがやかせ、自転車に乗ったまま、クンクンと鼻を近づけてくる。いいなあ、俺にもくれよ、という感じ。
   ちょっとだけ身を引きながら見つめていると、ジイは、にこにこ顔で去っていく。正直な人たちだ。おいしそうだなあと思ったから、すなおに態度に表わしただけなのだ。ほんとうに、子どものように単純な旭川のジイである。
   その日も、私は意外な所でジイたちに出くわした。行きつけの喫茶店に、いつものように入ってみると、私のいつもの席に、めずらしく先客がいた。数人のジイたちだった。しかたがない、と奥へ歩いていくと、一番奥にもひとりいた。常連のジイである。まだまだ長居をしそうな雰囲気である。
   しかたがない。じゃ、この席にしようかとすわっていると、どこからか元気のいい声が響いてきた。さっきの、私のいつもの席にすわっていたジイたちだ。さっきはよく見ていなかったけど、声から判断すると三人ほどいるようだ。私は、彼らからテーブルを二つ隔てた所にすわっていた。カチャカチャとランチを食べる音にまじって、ジイたちの快活な声がくっきりと私の耳に届いてくる。
「今年は、ちょっと異常気象だったねえ」
「ああ、昼間はいくら暑くても、夜はすーっと涼しくなるのが旭川なんだがねえ」
「おお、今年は暑くて、ぼくも夜眠れなかったよ」
「暑かったなあ」
「お、これ、おいしいなあ」
「うん」
「しかし、讃美歌はいいよなあ。節が、すーっと心になじめるもんなあ」
「ああ、どれも、どっかで聞いたことがあるようなメロディーだよな」
「うん。あれなら、だれでも歌えると思うよ。葬式のときでも三曲ぐらい歌うが、初めての人でも、すーっと入っていける感じがいいよなあ。」
「ところで、○○くんは最近どうしてるかね?」
「うん、元気だったよ。だが、認知症がだいぶん進んでいてねえ」
「ほう」
「こないだ、うちに遊びに来たんだがね、だれかが俺をねらってる、なんて言うんだよ」
「あーっはっはっは……」
   ひときわ高いジイの笑い声が、低い天井に反響して、私の真上から落ちてくる。
「おねえさん、アイスクリームをもらえるかね」
「はーい」
「これは、どうちがうの?」
「えっと、三種類あります。バニラとチョコレートとイチゴ味」
「俺、イチゴにしようかな」
「わしはチョコレート」
「あ、ぼくはいいよ。ぼくは、アレルギー体質でねえ」
「へえ」
「いろいろ気をつけないといけなくてねえ」
「ほう」
   この日は日曜日。たぶん、どこかのキリスト教会に礼拝に行った帰りのジイたちだろう。
「ねえ、耳の遠い人は長生きするってねえ」
「うん、聴覚がおとろえる人は長生きだって、俺も聞いたことがあるよ」
「ふーん、耳が悪くなっても、いいこともあるってことだねえ」
   ジイたちの会話を聞きながら、私はのんびりとした気分になってきた。私はシナモンコーヒーを注文した。コーヒーにうかんだ白いクリームのかたまりを、ちょっとだけスプーンですくってなめてみる。私、ちょっと急ぎすぎかもね。神だとか信仰だとか、理屈でむずかしく考えなくても、教会みたいに行ける場所が毎週あって、おしゃべりしながら食事ができる友がいて、それだけでも人生は楽しいものかもしれないな。あのジイたちのように、あんなふうでいいのかも……。
   その四日後に、地震があった。震度6。胆振東部地震。旭川市内も停電になり、我が家も暗く不安な一夜をすごすことになった。ろうそくの灯をともしながら、私はふと、あの三人のジイたちのことを思った。あの人たち、ひどい怪我をしたりしてないだろうか。どうか無事でありますように、と神さまに祈った。

このブログを書いた人

森下 みかん
森下 みかん
1963年福岡県生まれ。子どものころは歌やお絵描きが大好きだった。世界のみんなと友だちになりたくて言語学を学んだが学問に挫折し、87年、24歳でクリスチャンになる。その後、同じ大学の先輩で学生時代には“こんな人だけは絶対いやだ”と思っていた森下辰衛とばったり出会い、92年に結婚。2006年から北海道旭川市に住む。旭川のパンとスイーツが大好き。4人のユニークな娘がいる。2016年12月、童話集『天国への列車』(ミツイパブリッシング)を刊行。