旭川G7 ④ 一円玉
G4 一円玉
ころころと、ころがったのは、一円玉ひとつだった。スーパーのレジに並んでいた私は、前の人の財布から、ポーンと一円玉がとび出して、床に落ち、ころころところがっていったのを見たのだった。私は使命感にかられてしまった。なんとしてでも自分が拾ってあげなくては、と思ったのだ。すぐに拾えるはずだった。さっと拾って「はい、どうぞ」と、手わたしてあげられるはずだった。
ところが一円玉は倒れもせず、とまりもせず、ころがりつづけた。そしてついに、お菓子売り場のほうまで行ってしまった。
「あれっ、待ってー」
追いかけている私の先に、ひとりのジイが立っていた。
「ほれ来た!」
と小声で叫び、そのジイは、その一円玉をペタッと踏んだ。それから、ゆっくりと腰をまげ、一円玉を拾いあげ、私に向かって、うれしそうにほほ笑んだ。
そこへ、一円玉の持ち主がすっとんできた。三十歳くらいの男性だった。私はとっさに、その人に場所をゆずった。
「こちらの方のですよ」
とジイに言うと、ジイははずかしそうに、一円玉をその男性に手わたした。
もちろん、そのとき、その人はジイにお礼を言った。私もジイにお礼を言った。でも、なにかが足りないような気がしてならなかった。なんだろう。なにか足りない。たぶん、その一円玉を、私が受けとってあげたかったのだ。ジイの顔に、もっとゆっくりほほ笑んで、もっと丁寧に「ありがとう」と言いたかったのだ。でも、一円玉はめでたく持ち主のもとに返ったわけだし、まあ、これでいいではないか。そう自分に言いきかせ、店を出た。
だが、家に帰ってからも、私はあのジイの笑顔が頭からはなれなかった。わしの出番があったのだ。わしにもできる、小さな親切があったのだ……。あんなにも、まぶしいくらいにかがやいていた、あの笑顔……。これからも、思いだすたび胸が熱くなるだろう。
ナイスシュート、一円玉!
ナイスキャッチ、おじいさん!!
このブログを書いた人

- 1963年福岡県生まれ。子どものころは歌やお絵描きが大好きだった。世界のみんなと友だちになりたくて言語学を学んだが学問に挫折し、87年、24歳でクリスチャンになる。その後、同じ大学の先輩で学生時代には“こんな人だけは絶対いやだ”と思っていた森下辰衛とばったり出会い、92年に結婚。2006年から北海道旭川市に住む。旭川のパンとスイーツが大好き。4人のユニークな娘がいる。2016年12月、童話集『天国への列車』(ミツイパブリッシング)を刊行。
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