旭川G7 ② 特等席

   G2 特等席 

   私が、夫や子どもとこの街に越してきたのは2006年の春だった。道の端には、かき集められた雪が高くつみ上げられていた。あまりの寒さに気力もなえる私の前で、子どもたちは勇んで雪山に靴あとをつけた。
   いちばん下の子がちょうど小学生になっていた。吹雪の中の入学式。私は不調のため欠席した。旭川の自然がすばらしいと気づいたのは六月だった。九州の緑とすこしちがう。色が淡いのに、とっても鮮やか。すみきった空の青さと土手一面のタンポポの花。「まるで天国のようですよ」と牧師さんに言ったら、「はあ、あの土手ですか?」 まるで気づいていないようだった。そういえば、土手にあまり人はいない。こんなにきれいなのに……。みんなは、いったい、どこで、なにをしているのだろう。たんに人口密度の問題か……。
   いろんな人にお世話になって、数年暮らしているうちに、いろんな場所が楽しくなった。旭川市中央図書館の裏にも、ときどきふらりと行ってみたりした。あのころは、まだ売店がたち並んでいた。そのそばに池があり、あたたかい日には、貸し出し用のボートをこぐカップルや親子づれでいっぱいになった。
   私は、その日、池のほとりのベンチにすわって、さっき売店で買ったばかりのホカホカのフライドポテトを食べていた。ポカポカと春の日差しをあびながら、池の鴨たちがのんびり泳ぐのをながめていた。
   そこヘ、ひとりのジイが通りかかった。自転車で。紙芝居屋のおじさんが乗るような、黒い丈夫そうな自転車だった。それが、とつぜんギィーッと音をたてて、私の前でとまった。
   「写真、とってもいいかな?」
   「は?」
   どうも、私の顔の写真をとらせてくれということらしい。じいっと、見つめ合う二人。悪い人には見えないし、なんだかとってもうれしそう。まあいいか。
   「いいですよ」
   快く私が言うと、すぐにジイは自転車からおりて、カメラをかまえ、はいポーズ。パシャリ。パシャリ。もう一枚。そして、気づいたときにはもうすでに、ジイはとなりにすわっており、しきりにアンパンを食べろとすすめてくる。5個入り山崎製ミニアンパン。袋はすでにあいていて、遠慮はするなと袋ごとホイとさし出してくる。ああ、これ、うちの父が好きだったなあと思い出す。
   しばらくすると、ジイは黒いカバンの中から、一冊のスケッチブックをとり出した。そこには、若尾(わかお)文子(あやこ)、どっかのバーの小粋なママさん、そしてオードリー・ヘップバーン……。黒い鉛筆で、しっかりとデッサンされていた。写真を見ながら人物を描くのが趣味という。とくにオードリー・ヘップバーンが大好きで、「オードリー」「オードリー」と、なんどもはしゃいでは口にした。
   そのジイは、末広というところに住んでおり、その日は、もうじき裏ではじまる消防祭りを見るために、わざわざやって来たという。そういえば、さっきから人通りがふえている。木立のむこうから、にぎやかな音もしはじめた。私は、消防祭りというものを一度も間近で見たことがなかったから、
   「これから、いっしょに見に行かないか」
   そんな、ジイのはずむ声を聞いたとき、これはチャンスだとすぐに思った。私とジイは立ちあがり、ゆっくりと自転車を押しはじめた。しばらく行って、坂の手前の平らなところに、並べてとめた。それから、私は公衆便所へと走っていった。
   ジイは、
   「じゃ、あっちで待ってるよ」
   と、そのまま坂を上っていった。
   トイレの中で、私はひとり考えた。あたし、このままドロンしちゃったらどうかなあ。知らないおじいさんと、いつまでもいっしょにいなきゃいけないってわけじゃないし、それに、消防祭りだって、はじめから見る予定はなかったんだし……。でも、それじゃあ、あのおじいさんがかわいそう。あんなにうれしそうにしているのに……。
   トイレから出て坂道を、とことこ歩く。上がりきると、こんどは反対側に下りていく幅の広い階段があって、ちょっとしたスタジアムのようになっている。下には、かなり広いスペースがあって、そこが催し物会場になっている。そのむこうには、きらきらと流れる川。まるで半分だけになったコロセウム。
   「おーい。こっちだよ」
   遠くから、ジイが手をふっている。手をふって走りだす私。まるでラブロマンスの映画のひとコマ。行ってみると、階段の上に、茶色い毛布が敷いてあった。さっき、くるくると巻かれて自転車につんであった、ああ、あれは、これだったのかと納得。
   私はジイと、その毛布の上に並んですわった。ブラスバンドの演奏がはじまり、はしご車が動きだす。はしご車の上では、子どもらが歓声をあげている。その下に、大勢の人々。これが消防祭りというものなのか。私はジイと、しばらくその様子をながめていた。二人だけの特等席。なかなかいいものである。
   それから、私はひとりで階段を下りていき、広場の雑踏の中を歩きはじめた。いくつもの出店があり、たくさんの人と行きかった。そのとき、私は思いがけず、なつかしい顔を発見した。だが、とび出しかけた心臓が、かえって言葉を閉じこめた。とっさに、私は目をそむけてしまった。あの人は気づいたのだろうか。人ごみにまぎれて歩きながら、私はふいにさびしくなった。
   「あ、おじいさん!」
   急いで、あの特等席にもどったが、ジイはいなかった。茶色い毛布もなくなっていた。私はぼんやりと、その毛布のあった場所を見つめていた。
   家に帰りながら、もしかしたら父がさびしくて、たまにはいっしょに祭りにでも行こうよと、さそってくれたのかもしれないな、そんな気がした。父はすでに他界して4年がたっていた。