旭川G7 ⑤ 名前
G5 名前
「あ、ゆうこちゃん!」
そのジイは、私を見るなり、そう言った。私はそのとき、図書館のソファでくつろいでいたが、はっとおどろいて顔を上げた。その顔に、ジイはぐっと自分の顔を近づけて、私よりももっとおどろいた表情で、
「ゆうこちゃんかい?」
と話しかける。なつかしさとうれしさでいっぱいになったその顔に、
「あ、ちがいますけど」
とこたえる私。それでもジイはあきらめない。
「いやあ、そっくりやあ。ゆうこちゃんそっくりやあ」
と言ったときにはもうすでに、私のとなりにすわっていた。
ぽつりぽつり会話した。だが、私は結局、そのゆうこちゃんが何者なのかわからない。たぶん、彼のめいごさんなのだろうと勝手に推測するばかり。しばらく世間話をしていると、
「外へ出て、いっしょにお茶でも飲まんかい?」
とジイは言う。
そのジイを、じいっと見つめて、私は一瞬考える。うーん、楽しいお茶会になるかなあ。とってもやさしそうな人ではあるが、この人なら、もっと年配のご婦人のほうが合うだろう。とつぜん、なにかを思いだしたように、さっと腕時計を見る私。
「あら、たいへん。もう帰らないと」
慣れない芝居をしてみたが、
「ちょっとだけだよ」
と、だだっ子のような顔で、むこうを指さす。
あー、しかたがない。そんなに言うなら、ま、ちょっとだけつきあうか。私は言った。
「あのう、ところで、お名前は、なんておっしゃるのですか?」
「えっ」
一瞬、ジイの顔が、きょとんとなった。お名前。そう、それは自己紹介の基本である。
「私は、モリシタといいます」
「マ、マツウラです」
もごもごとした声で言う。
「まあ、マツウラさん」
うれしそうにうなずく私。でもなぜか、ジイは急に元気をなくしてしまった。もぞもぞと腰を浮かしだす。そして、すっくと立ちあがる。こまった顔で、
「じゃ、またな」
私はわけがわからない。えっ、もう行っちゃうの? せっかく親しくなれそうだったのに……。
あれ、行っちゃった……。
どうしてかな? 私、やっぱり、ゆうこちゃんじゃなかったもんね。
このブログを書いた人

- 1963年福岡県生まれ。子どものころは歌やお絵描きが大好きだった。世界のみんなと友だちになりたくて言語学を学んだが学問に挫折し、87年、24歳でクリスチャンになる。その後、同じ大学の先輩で学生時代には“こんな人だけは絶対いやだ”と思っていた森下辰衛とばったり出会い、92年に結婚。2006年から北海道旭川市に住む。旭川のパンとスイーツが大好き。4人のユニークな娘がいる。2016年12月、童話集『天国への列車』(ミツイパブリッシング)を刊行。
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